りんごの木薬局のブログです。薬局の日々の出来事から健康・薬にまつわる事。更にスタッフの日常などを定期的に更新しております。
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いよいよ晩秋から冬に向かう、一年中で一番好きな時期が到来しました
通りの木々の葉は、風に舞い、大地を彩り
白い季節の前の、前夜祭のようです。
枝に残った赤い実は誇らしげに垂れ下ります。
夕日に揺れるススキの穂は過ぎ去った季節を
追いかけるようにさびしげです。
農家の人たちは、冬支度が終わり充実のときです。
縁側には柿の実や、大根がぶら下がり
静かに、春を待つ季節が始まります。
人生の秋を迎えた私も、季節はずれの様に
はしゃぐのをやめ、充足の静かな時間を過ごしましょう
通りの木々の葉は、風に舞い、大地を彩り
白い季節の前の、前夜祭のようです。
枝に残った赤い実は誇らしげに垂れ下ります。
夕日に揺れるススキの穂は過ぎ去った季節を
追いかけるようにさびしげです。
農家の人たちは、冬支度が終わり充実のときです。
縁側には柿の実や、大根がぶら下がり
静かに、春を待つ季節が始まります。
人生の秋を迎えた私も、季節はずれの様に
はしゃぐのをやめ、充足の静かな時間を過ごしましょう
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10月17日に私が薬剤師として初めて就職したときの上司である竹下元アスカム社長のご葬儀がありました。私が就職したての頃は、山田仙寿堂の専務でした。今考えてみれば、当時32歳ぐらいだったんだなぁとびっくりします。薬科大の先輩でもあり、それ以来のおつきあいでした。とても正直で、面倒見の良さが印象的でした。奥様の小雪さんは業者すべてに知れ渡るほど、竹下さんの話題に出てきました。2か月ほど前に、健康がすぐれないと、昔の同僚から聞いたので、どの程度か分からず携帯電話に電話してみたら、竹下さんがでたので、「調子悪いって聞いたけどどうなんですか?お見舞いに行きたいけど、入院してるんですか?」とお聞きしたら、自宅におられるとのこと、それじゃ伺いますと言いますと「うちで寝たり起きたりしていて、かっこ悪くて人になんか会いたくないよ、患者の気持ち分ってくれよ」とのことでした。たしかに現職中はすべてに、すきのないかたでした。服装もいつもきちんとし、他人にも自分にも厳しいかたでした。「いつも心配しています」「うん、わかった」というのが最後の会話になりました。ちょっと早かったのですが、竹下さんらしい、いい生き方だったなぁと思いました。
この頃、町を歩いていると想像を絶する格好の人に出くわします。フランス人形のような金髪でフリフリのピンクの服を来た人や、着物姿にブーツ姿の人と、どんな考えで、あんな服装をするんだろうと考えても思いつきません。お祭りの踊りも、ある意味わからない行動の一部です。楽しそうだとは思うのですが、その格好はどうしてなんだと考えてしまうのは、単に年代の相違なのでしょうか。昔は「そんな恰好したら人に見られるよ」と言われたときは、恥ずかしいことだという意味が含まれていたように思います。独創的とかユニークという便利な表現法がありますが、日本人が日本らしいことをすることが、国際的といえるかなぁと思えるのは年のせいでしょうか。それにもうひとつ「いい加減にしろよ」という言葉もよく大人達から聞く言葉でした。
紅葉の便りが聞こえてきました。故郷の栗駒山は新緑も最高ですが、紅葉は赤い絨毯を引き詰めたように綺麗です。花山から温湯そして須川に向かう途中は、はるかに栗駒山が望むことができ、真赤に紅葉します。その美しさはなんて言ったらいいかわからないほどです。しかし、今年の地震で道路が寸断され、しばらくは行けそうもない様子をニュースで聞き残念に思います。しかし、宮崎駿の映画のように、人間が入らなければ、もののけ達が安心して野山を駆け回り、花も春にはのびのびと咲き、木々は傷つけられることもなく森として鬱蒼となるのも、いいのかなぁと思いました。万事塞翁が馬でしょうか。
毎日忙しく過ごしていますと、面白い話がたくさん出てきます。ところが、おしゃべりの私は、誰かにどんなにおもしろかったか、そのたびに話してしまうので、すぐ次の話に進んでしまい、前の分は忘れてしまいます。これはブログに書こうとその時思うのですが、残念なことにパソコンをあけた頃には忘れています。たとえば、白内障の手術の済んだ年配の男性が「術後視力の具合はどうですか?」とお聞きすると「すごく見えるようになって、世の中が変わったようだよぉ、きれいに見えて!ところが、隣に座っているばあさんは一体誰かと思ったら、うちの女房だったんだよ(笑)」なんて話のように、なんてこともない笑い話が多いせいかもしれません。昨日は「銀座の母」という人がテレビに出て手相を見ていました。そしたら結婚線が50歳までしかないことを知り独身仲間に電話をして話しました。「知ってたぁ?結婚線の上限は50歳なんだってよ!今度来る映画の”最後の初恋”のリチャードギアはどうなるんだろうねぇ、でもこんなセクシーな医者なんているわけないよね」なんて、キツネとブドウの話のようなことをいい大笑いをして終わってしまいます。平和な証拠かもしれません